大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)2869号 判決

原告

半田三男

被告

大幸銘鈑工業株式会社

ほか一名

主文

1  被告らは各自、原告に対し金九〇一万七一〇〇円、およびこれに対する昭和四一年一〇月八日から支払ずみに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は四分し、その三を被告らの、その余を原告の各負担とする。

4  この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

5  但し、被告らにおいて、原告に対し金七〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の申立て

(原告)

被告らは各自原告に対し金一二〇〇万円及びこれに対する昭和四一年一〇月八日から支払いずみに至るまで年五分の割合いによる金員を支払え

訴訟費用は被告らの負担とする

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

(被告ら)

原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする

との判決を求める。

第二、原告の請求原因

一、本件事故の発生

とき 昭和四一年一〇月七日午後一〇時三〇分

ところ大阪市城東区両国町三七四番地先国道一六三号線上

事故車(一) 被告森田重明の運転する普通乗用車(大阪五す七五四六、以下被告車という)

(二) 訴外山中章好の運転するスクーター(以下被害スクーターという)

態様 国道から右折しようとした被害スクーターと、対向方向から国道を直進してきた被告車が衝突し、被害スクーターに同乗していた原告が負傷した。(詳細は次項)

負傷内容 頭蓋骨々折、頭部外傷Ⅳ型、左下肢挫減創

二、被告らの責任原因

1  被告大幸銘鈑株式会社(自賠法三条)

被告会社は、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた

2  被告森田(民法七〇九条)

本件事故は、被害スクーターが、右折すべく中央線附近に待機していたところ、対向方向から進行してきた被告車が時速七〇キロの高速のまま、これに突入して衝突したものである。なお附近には横断歩道が設けられていた。従つて右事故の発生につき被告森田に前方不注視、最高速度違反、徐行義務懈怠の過失がある。

三、損害

本件事故により原告は以下のごとく総計二一三七万一五二九円の損害を蒙つた。

1  入通院諸雑費(含通院交通費) 一〇万二三二〇円

2  逸失利益 一七二六万九二〇九円

原告は、本件事故以前飲食店を経営して、月間平均八万円の利益を得ていた。原告は事故により左下肢を膝関節以下で失い、歩行困難、長時間の起立不可能となり、生涯にわたりその労働能力の九二パーセントを失い、かつ飲食店業に従事し得なくなつた。原告は事故当時二九才であり本件事故がなければ、なお三四年間は前記収入を上げたはずである。

従つて、年ごとホフマン方式により年五分の中間利息を控除してその逸失利益の現価を算出すると一七二六万九二〇九円となる。

3  慰藉料 三〇〇万円

原告は現在義足を用いているが歩行は極めて困難で、かつ切断部の疼痛も激しく、又頭部外傷による頭痛に悩まされている。

4  弁護士費用 一〇〇万円

四、本訴請求

本訴において前記総損害金の内金一二〇〇万円並びにこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和四一年一〇月八日から支払ずみに至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、被告らの答弁並びに抗弁

一、答弁

1  請求原因第一項(本件事故の発生)は認める

2  同第二項(被告らの責任)のうち1項の事実(被告車の運行関係)は認めるが、2項の事実(被告森田の過失)は争う。

3  同第三項(損害)は争う。

(一) 原告の休業は一部血清肝炎に由来しており、その本件事故との因果関係には疑問がある。

(二) 従来の収入が八万円であるとの主張は誇大であり、原告は従来府市民税さえ納付していない。

(三) 原告は現在就職して、少くとも三万円の収入を得ている。労働能力喪失割合の主張は根拠不明である。

(四) 被告会社は後記のごとく原告の治療費、雑費等を負担してきており、その誠意は原告の慰藉料の算定にあたり十分に斟酌さるべきである。

二、免責の抗弁

1  被告森田は被告車を運転して本件交差点にさしかかつたところ、センターライン附近に被害スクーターを発見したが、同車が再び反対側走行車線に戻るように見えたうえ、被告車は直進車であつて、右折車に対して、優先権を有するところから、ハンドルをやや左に切り、時速五〇キロ以下に減速しながら、そのままセンターラインの内側約一メール程のところを進行したところ、被害スクーターが、右折合図もなしに突然右折して被告車に衝突してきたものである。自動車運転者としては、相手方が交通規則を順守することを相互に信頼しあつているものであり、被告森田には右のような被害スクーターの行動を予見する義務はなく、被告車運転上の過失は存在しない。本件事故は、被害スクーター運転手訴外山中章好の前方不注視、右折合図不履行、直進優先無視等の一方的過失並びに次項1のごとき原告自身の過失により発生したものである。

2  被告車に機能構造上の欠陥はない。

三、過失相殺の主張

本件事故時に被害スクーターを運転していたのは前記のごとく訴外山中であるが、原告は後部席からこれの道案内役をしており、その運転は原告の指示支配のもとに、訴外山中が、いわばその機関の一部として行つていたものと言うべく、仮りにそこまでは言えないとしても、少くとも両名は一体として行動していたのであるから、共にその右折措置について共通の責任を負うべきであり、原告は単なる同乗者にすぎないものではない。

そして、原告は訴外山中に指示してセンターラインよりを走行させたうえ、接近する対向車に対する注意を怠り、漫然と道路反対側の暗く狭い小道の方へ寄つて右折するよう指揮し、かつまた、前記山中の前側方不注視、直進車優先無視、右折合図不履行為の過失に対して、指導的影響を与えたものである。

また、夜間スクーターに、道案内をしながら二人乗りして、本件のように広い道路から暗く狭い小道に右折しようとすること自体も、すでに原告の過失として考えるべきである。

よつて、原告の損害について過失相殺が行なわれるべきである。

四、損害の填補について

1  原告の本訴損害について、自賠強制保険金一四一万円、並びに訴外山中からの弁済金約二〇万円が支払われている。

2  被告会社は、原告に対し、昭和四二年九月二〇日迄の治療費一一九万七四八〇円の外の看護料一〇万五二九〇円、氷代一万一一六〇円、雑費三一三六円、足火葬代二五〇〇円、診断書代四〇〇円、昭和四二年九月二〇日迄の雑費一万九四一〇円、総計一三三万九三七六円を支払つている。

第四、抗弁に対する原告の答弁

一、免責の抗弁に対して

抗弁事実は否認する

二、過失相殺の抗弁に対して

原告が訴外山中に対して右折する道路を指示したことは認めるが、十分な時間的余裕をもつて、事前に指示したものであり、その他訴外山中の運転に影響を与えるような指示指導は一切行つていない。

三、損害填補の抗弁に対して

自賠責保険金一四一万円を受取つたことは認める。訴外山中の父親から一〇万円余りを受取つたことはあるが、見舞金として受領したもので、本訴請求の損害に充当されるものではない。その余の事実は不知

第五、証拠〔略〕

理由

第一、本件事故の発生並びに原告負傷の事実(請求原因第一項)は当事者間に争いがない。

第二、被告らの責任原因について

一、被告森田の過失責任

〔証拠略〕を総合すれば次の事実が認められる。すなわち本件事故現場は、別紙図面並びに説明書のとおり、ほぼ東西に延びる四車線の国道と、南北に延びる小道が交わつている地点であつて、被告森田は、その東方から被告車を運転して西行車道を、法定制限速度を上まわる時速五五キロメートル以上の速度で西進してきたところ、かなり前方のセンターライン附近に、これに沿つて徐行してくる被害スクーターを発見したが、その手前には横断歩道と横断標識も設置されていて当該部分が本件交差点をなしていることは明らかであつたもので、あるところ、同被告は心もち減速し、ややハンドルを左に切つたのみで、センターラインの内側約一メートル程のところを漫然と走行し続け、交差点の手前約一〇メートル位に至つて、始めて、右被害スクーターがそのままセンターラインを越えてゆつくり右折してくるのに気づいたがこれを回避するいとまもなく、前記横断歩道の東側で、かつセンターラインの南側三メートル程の地点で被害スクーターの左前側面に、被告車を衝突せしめて、本件事故を惹起したことが認められ、前掲証拠中、これに反する部分は採用し難い。右状況下において前記交差点を通過する場合、自動車運転手としては、被害スクーターが右折することを考えて、適宜減速徐行するとともにその動静に十分注目し、衝突を回避すべき注意義務があつたものであるところ、同被告においてこれを怠り、前記のとおりの運転操作をなした点、その過失は明らかである。

従つて、被告森田は、民法七〇九条により原告の損害を賠償すべき義務がある。

二、被告会社の運行供用者責任

被告会社が被告車を自己のために運行の用に供していたことは、当事者間に争いがなく、かつ前項のごとく被告森田に被告車運転上の過失が認められる以上、その他の点について判断するまでもなく、被告会社の免責の抗弁は理由がない。

従つて、被告会社は、自賠法三条により、原告の損害を賠償すべき義務がある。

第三、損害額について

一、療養関係費 七万七一〇〇円

〔証拠略〕を総合すれば、原告は、本件事故による入院期間中、附添見舞のための交通費、栄養補食費、入院のための諸雑貨購入費等として、平均して一日あたりほぼ二〇〇円程度の金員を支出したこと、その入院期間が一一ケ月と一三日間にわたること、被告らは、そのうち療養雑費分としてすでに三一三六円並びに一万九四一〇円を各支払ずみであることが認められるので、入院関係諸雑費として他に少くとも四万六〇〇〇円を下らない損害が生じたものと認められる。

〔証拠略〕を総合すれば、原告は療養関係費として以上の外に、昭和四二年九月二一日以降一一月一四日までの通院治療費として二万六、〇〇〇円、通院交通費として少くとも四、九〇〇円を支出したことが認められる。

以上の合計額は七万七、一〇〇円となる。

二、逸失利益 七二〇万円

〔証拠略〕を総合すれば、以下の事実が認められる。すなわち、原告は、本件事故迄は、守口市寿町で、原告ら夫婦の外、アルバイトの学生一名を使用して、広さ三坪程の飲食店を営み、月あたり平均八万円程の純収入を得ていた。右収入のうち、原告の妻の労働による寄与分は四分の一を上まわることはなく、残余の部分、すなわち月あたり六万円相当は、原告自身の稼働によるものと評価される。しかして、原告は事故当時満二九才であり、健康であつたから、本件事故がなければ、これよりなお三四年間は右金額を下まわらない収入を得ることができたものと認められる。しかしながら、原告は本件事故により左下肢を大腿部から切断し、義足を用いざるを得なくなり、右飲食店の経営は廃業の余儀なきに至つた。原告は、事故当日から訴外生井病院に、前記のごとく約一年程入院し(このうちには、血清肝炎の治療期間も含まれるが、これによる損害も、本件事故に相当因果関係を有すると解される)、その後通院治療を行い、頭部外傷後遺症、左足切断による精神的苦痛、義足による歩行の不慣れ等のため家に引込もり就労できない状態がさらに一年程続いたのち、昭和四三年九月二三日から、ようやく訴外旭美工社に勤務することとなり、平均月収三万二〇〇〇円を得ることとなつた。

以上の事実によれば、原告の本件事故による逸失利益は、事故当日より二年間は月あたり六万円、その後三二年間は月あたり二万八〇〇〇円の収入減があるものとして算出するのが相当であり、右逸失利益の事故当日における現価(年五分の割合による中間利息を年ごとホフマン方式により控除)は計算上七二八万四八八六円となる。

しかして、右逸失利益の算定は、その性質上、極めて大まかな推論のうえにこれを行わざるを得ないものであつて、右算定の基礎たる各要素の認定は、本件において提出された証拠との関係で、大略二桁以上の精度を有してはいないと考えられるので、結局これらを使用して算術計算をして得た右数値のうち、上二桁未満の数値は、本件証拠に対する関係での必然性あるいは有意性を持たないので、控え目な認定をする為にこれを切捨てることにする。

従つて、右逸失利益の事故当日における現価は、金七二〇万円とするのが相当である。

三、慰藉料 二五〇万円

〔証拠略〕を総合すると、原告は本件事故により、満二九才、結婚後二年足らずにして、前項認定のごとく左下肢をひざ関筋以上で失い、終生義足を用いざるを得なくなり、労災後遺障害等級四級相当の後遺障害を残すことになり、多大の精神的苦痛を蒙つたものと認められその他、事故後約一年間にわたる入院治療、その後数ケ月間にわたる通院治療、頭部外傷による頭痛等の後遺症の残存などの諸事実が認められる。

また一方、〔証拠略〕を総合すれば、本件事故は、原告自身が夜間その親しい友人である訴外山中のスクーターに同乗し、道案内をしながら友人の家を訪れる途中、訴外山中の重大な過失も相まつて、本件事故に至つたことが認められるのであつて、右事実は、社会通念に照らして、加害者らに支払いを命ずべき慰藉料額の算定にあたつては、一応減額的要素として機能するものと考えられる。

以上の諸事実、その他本件証拠により認められる諸般の事情を考慮して、原告に対する慰藉料として、金二五〇万円を相当と認める。

四、弁護士費用 八〇万円

〔証拠略〕を総合すれば、原告がその損害を回復するために本件訴訟の提起を余儀なくされ、相当額の弁護士費用を負担せざるを得なくなつた事実が認められるところ、本件審理の経過、日弁連報酬規定等に照らし、右費用のうち、八〇万円は、本件事故に相当因果関係を有する損害として、被告に対し、賠償を求めうるものと認めるのが相当である。

第四、過失相殺の主張について

前第二項の一に認定したごとく、本件事故において、被害スクーターは、対向接近してくる被告車の直前を横断右折しようとしたものであつて、しかもこの時原告が右スクーターの道案内役をしていて、訴外山中に本件交差点で右折するよう指示したものであることは、当事者間に争いがない。

しかしながら、〔証拠略〕を総合すれば、原告が山中に、次の右折路で右折するように指示したのは、本件交差点の相当手前においてであることが認められ、その後、山中が被害スクーターを中央線に寄せて行つた後に、原告が具体的な右折の時期、方法等を指示した旨の証拠は認められない。

とすれば、この当時原告は、単に同乗者として道案内役をしていたにすぎないものと言うべく、一方、被害スクーターを運転して右折する際における注意義務は、これの運転者に個有の注意義務であつて、他人の補助を必要とする性質のものではないから、このように単なる同乗者にすぎない原告までが、対向してくる被告車に注意を払うべき一般的な義務があつたものと認めることはできず、その他、スクーターに夜間二人乗りしたこと、あるいは暗い小道に右折するよう指示したこと等をもつて、直ちに原告の過失と考えることは相当でなく、結局、本件は過失相殺を行うべき事案ではない。

第五、損害の填補について、

一、自賠責保険金一四一万円を原告が受取り、これが本訴請求の損害に充当されるべきことは、当事者間に争いがない。

二、訴外山中(及びその父親)から、原告に対して、見舞金として一〇万円余りが支払われていることは、当事者間に争いがなく、さらに、〔証拠略〕を総合すると、その他にも、相当額にのぼる金員が生活費等として支払われていること、及び、これらの金員は、その名目の如何にかかわらず、結局は、損害の填補のために支払われたものであることが認められるので、控え目にみて金一五万円を本訴損害より控除する。

三、右のほか、〔証拠略〕を総合すれば、被告らはその主張(事実第二の四の2)のとおり、総計一三三万九三七六円の金員を弁済したことが認められるが、前記第三の一においてすでに控除ずみの療養関係雑費を除き、いずれも本件請求にかかる損害に充当さるべきものとは認められない。

第六、結論

被告らは各自、原告に対し、前第三項一、二、三、四の合計金一〇五七万七一〇〇円より前第五項の一、二の合計金一五六万円を控除した残金九〇一万七一〇〇円、およびこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四一年一〇月八日から支払ずみに至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

よつて、右の限度において原告の請求は理由があるからこれを認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行、同免脱の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 本井巽 中村行雄 小田耕治)

別紙図面及び説明書

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例